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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)319号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金一二五万円及びこれに対する昭和三八年六月七日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じその三分の一は被控訴人の、三分の二は控訴人の負担とする。

本判決中被控訴人勝訴の部分は被控訴人において金五〇万円の担保を供するときは仮に執行できる。

事実

控訴人……以下被告という……は、「原判決を取り消す。被控訴人……以下原告という……の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との判決を求め、原告は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、次のとおり訂正付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

原判決四枚目裏最後の行の「過文」とあるのを「過分」と訂正する。

(被告の主張)

1  甲八号証(実況見分調書)添付の図面と、そこの本文の「現場模様」欄の記載によると、錦小路通り南角から図面にある(イ)地点までの距離は三〇米で、この(イ)点は原告が第三区分帯から第二区分帯に入つた地点であり、入るとほとんど同時に衝突したとなつている。又甲六号証(原告の供述調書)によると、原告は、錦小路通りの交叉点東北角で一度北を見たとき一五〇米ないし二〇〇米北方に自動車が来るのを見て手を水平にあげてゆつくりガソリンスタンド南側え向け斜に進んだとあるから、この出発点から前記(イ)点までは錦小路通りの幅員六米を加えると、約三六米あるのに、西の方え寄つた距離は、第三区分帯の間隔四米に過ぎない。一方中井は、時速約三五米で第二区分帯を進行して来て、時速約一〇粁と推定される原告が約三六米離れた(イ)点まで到達するまでの間に、一〇〇米ないし一二〇米位進行したのであるから、この程度の原告の斜横断は第三区分帯を真直ぐ南進したのと選ぶところなき進行である。以上のように右に寄りつゝあるといつても直進に近い原告の後方右側をその三、五倍前後の速度で進行して来た中井は、原告が横断して進行を妨害することになるとは思わないし思う義務もない。原告は、(イ)点まで来て急に斜横断に方向を転じたのであるから、原告こそ第二区分帯を近づいて来る自動車がないかを確認する義務があり、右手をあげただけではこの義務は免除されない。急停車不能の距離に来ている自動車の前に急に入れば自動車は避けることができない。かゝる態度急変の自転車まで予め避けるよう早くから予想して徐行しなければならない義務を今日の市街地を走る自動車に期待することは不可能である。況んや(イ)点より一五米も手前では、原告はまだ第三区分帯の中央辺を南進しているのであるから、中井は、何らの危険を感ぜず、原告が右手をあげて南進しているのを見ていてもいなくても自分の自動車に手加減する義務はない。前記原告の速度では原告が第二区分帯に入るとは考えられず、そのうち中井の方で追越せると期待したのは当然である。中井が原告の横断に気づいたときは、衝突不可避の地点にあつたのであるから、それ以前は危険を感ぜず、原告があげている右手を明確に認識していなかつたとしても事故と因果関係はない。

原告は、一〇〇米以上とはいえ北方から自動車が南進してくるのを見ており自らは、それから遅い自転車で三六米も進んで横断したのであるから、その時自動車の有無を再確認して進行すべきが当然なのにこれをせず、漫然進行した原告にこそ過失があり、衝突を予想しなかつた中井に過失はない。仮に然らずとしても、中井の過失は、原告の過失の何分の一にもならないから、損害の大半は過失相殺されねばならない。

2  中井が運転した自動車の保有者は、被告ではなく、訴外京都共盛市場輸送企業組合である。被告が修理のためこの自動車を預つたことは認めるが、自賠法三条にいう損害賠償義務の要件たる自動車を「自己のために運行の用に供し」、かつ「その運行によつて他人の生命又は身体を害したとき」とは、その自動車の運行が自己の事業又は自己の生活行為に便益を与えている場合をいい、かつその目的範囲内の運行によつて他人に損失を与えた場合に限定される。被告は、自動車の修理業者ではあるが、自動車が無断運転されないようキーを保管し、中井には、交付している作業日誌や注文書綴の表紙に注意文句を特記し注意していたのである。それにも拘らず中井は勝手にキーを作り使用のため自動車を盗用して工場外に出たのであるから、工場外に出れば中井が自動車の保育者である。修理のため預つても保育者であるというなら、自動車が盗まれ盗んだ人が運転している間は保育関係は盗人に移転するという理由も否定されなければならない。最高裁は、レンタカー業者は車を貸出している間は保有者でないといつた判例をこの場合でも「自己の生活の便益の運行に変りはない」という理由で保有者であると変更したが、車を盗まれた人の場合にまでこれを適用するというなら暴論であり、本件被告を保有者であるという理論は当らない。

証拠(省略)

理由

1  昭和三八年六月六日午前一一時五五分頃、原告が京都市中京区西堀川通り錦小路交叉点附近を、南北に通ずる幅員二四、六米の南行車道の第三区分帯を脚踏み自転車で南進し、同交叉点の北東方面から斜右に横断しかけた際、それに並行する第二区分帯を被告の被告者たる中井洋允が運転南進する普通四輪貨物自動車と接触して転倒し、右脛骨腓骨の開放性骨折の傷害を受け、入院又は通院による治療を受けたこと、原告は、この事故前よりフランスベッド販売株式会社京都支店の販売員として勤務していたこと、被告が自動車修理業者であること、事故当時中井洋允が運転していた貨物自動車は、被告が訴外京都共盛市場運輸企業組合から修理のため寄託されていたものであることは、当事者間に争がない。

2  成立に争のない甲六ないし一〇号証、同一二号証、原審証人山川澄男の証言、原審並に当審における証人中井洋允の証言、原被告本人の各供述、原審における原告本人の供述により真正に成立したものと認められる甲一三号証、同被告本人の供述により真正に成立したものと認められる乙一、二号証によれば、本件事故のあつた昭和三八年六月六日午前一一時五五分頃原告は、勤務先の四条堀川上ルにあるフランスベッド販売株式会社京都支店へ帰るべく自転車で西堀川通を南進し錦小路通りとの交叉点にさしかかつた際その東北角にある堀川通の歩道上に左脚をかけて一旦停車し、右前方を斜に横断するため、先づ南の方をついで北の方をみたところ、北進車はなく、南進車も遥か一五〇ないし二〇〇米の後方の地点にあるものと認めたため、大丈夫と思つて、横断を始めたこと、一方中井洋允は、同日午前一一時頃被告が修理のため訴外京都共盛市場運輸企業組合から預り既に修理の完成した貨物自動車(登録番号京1あ七、三三〇号)を、被告に無断で運転して上京区新町通り中立売下ルの井ノ口モータースへ借りた傘を返しに行つた帰途、前記と同地点に到達したこと、この時原告は南進車道の外側の第三区分帯を、中井はその内側の第二区分帯を進行し、何れにしても原告が前方を走つていたのであるから、中井には当然原告の存在がその視界に入つたはずであるのに、中井は十分な前方注視義務を怠つたため、事前にこれに気付かなかつたこと、原告が錦小路通りとの交叉点を過ぎると直ちに斜前方に走り横断を始めたのか、少し南え進んで(甲七、一二号証によると約三〇米)から急に右折したものか中井の供述、証言と原告本人の供述が一致せず目撃者もないし、当日は雨のためスリツプ痕もないため明瞭でないが、原告も亦横断にあたり、更によく前方後方特に後方に注視して、中井の運転する自動車との接触の危険のないことを確かめてから横断すべきであつたのに、錦小路通りとの交叉点を過ぎる際、後方一五〇ないし二〇〇米の地点に自動車があると認めていたため、大丈夫と思つたまま横断したこと、原告が交叉点を過ぎるとすぐ横断を開始したのだとすると、中井の運転する自動車の接近が早過ぎるから、むしろ少し前進してから右折したとみるのが自然であること、このため中井は、原告の自転車が目前に来て、ようやく気付き急ブレーキをかけたが及ばず、その左角のフエンダーを原告の自転車に衝突させて、原告もろともその前面に転倒させたこと、このため原告は、前記のとおり骨折の傷害を受け直ちに四条外科病院に入院加療を行い、同年同月二三日一旦退院し、通院加療を行つたが、傷口が化膿したため再び翌年三月一三日より同月二六日まで入院し、更に通院を続け同年一〇月五日症状が固定したので治療を打切つたこと、しかし、後遺症として右脚の関節の屈伸に制限があつて僅かばかり跛となり、右脚に力を入れると血豆の類ができ、冬には神経痛が出ること、被告は、平素より再三中井洋允に対し勝手に自動車を運転してはならないと注意し、それを守らすため作業日誌や注文書綴の表紙裏面にその旨書込んでいたが、当時中井はこれを守らず、自動車のエンジンをかけるキーも中井が自ら鋸歯を切つて作つたものを用いて運転し本件事故を起したことの各事実が認められ、一部以上の認定に反する原審並に当審における原告本人の供述はこれを措信しない。

以上の認定事実によると、本件衝突事故は、中井洋允の前方注視義務違反と原告が道路を横断するに際し十分左右を注視せず、かつ錦小路通りの交叉点を直進に横断せず、斜に横断するという不自然な行動をとつたため生じたものというべく、その過失の割合は中井に六五%原告に三五%あつたとみるを相当とする。尚被告は、中井が運転して事故を起した本件貨物自動車を修理のため預つていたに過ぎず、自動車自体を運行に供して利益をあげていたのではないから、被告を以て自動車損害賠償法三条にいう、自己のため自動車を運行の用に供する者、というのは多少酷であるが、少くともその支配下にあつたことは事実であるからこれを運行の用に供する者というを妨げざるのみならず、中井洋允は、被告の被用者であり、同人の運転は被告の業務そのもののためになされたものでなく、中井が被告の注意を無視し、権限を濫用し、勝手に運転したに過ぎないとはいえ外形上は被告の事業の執行につき生じた不法行為というのを妨げないので、民法七一五条により使用者たる被告に賠償責任があるというのを相当とし、又被告が平素より中井に自動車の無断運転を禁止していたことは前記のとおりであるが、これを以て選任、監督に相当の注意をなした場合で免責されるという場合とみることはできない。

(原告の損害)

成立に争のない甲三号証、同一五号証の一ないし三四(但し一三を除く)、同一六号証の一ないし一三、原審における原告本人の供述とそれにより真正に成立したものと認められる甲一三、一四号証によれば、(1)、原告は、本件事故により四条外科病院に継続して二回、合計三二日間入院した外、三日に一度位の割合で約一五ケ月間通院加療し、二回の入院費として九万〇、七六〇円、通院治療費として一万八、一二五円と一万八、一七〇円の合計一二万七、〇五五円の費用を要したこと、又通院にタクシー等を利用したこと、(2)、原告は本件事故により事故当日より翌年七月二〇日まで一三ケ月と一五日間勤務先を欠勤し、この間は休職扱いで給料の支給はなかつたこと、本件事故前の原告の収入は、固定給と歩合で昭和三七年七月から翌三八年六月まで一二ケ月間の(甲一六号証の一三は、事故のあつた六月分であるが、金額も六万〇、八五〇円と可成り多いのでこのまま算入する。)総収入額は、八八万九、〇四〇円でこの中から税金等十数%が差引かれたわけであるが、月平均の実収入は六万五、〇〇〇円を下らぬものであつたから、欠勤期間の得べかりし利益の喪失は八七万七、五〇〇円とみられること、(3)、原告は、被告に本件損害賠償請求訴訟を提起するため、坪倉一郎弁護士に事件を委任し、着手金と費用として金一五万円を支払う契約をし、そのうち五万円は既に支払済であること

の各事実が認められる。このうち通院に要した交通費用は正確な証拠がないので、金額の算定が困難であるが、少くとも原告の求める六〇〇〇円は要したものと認められるし、弁護士に訴訟委任を行つた場合着手金と費用のほか認容された金額等を規準にして費用等を支払うべきものであることは、当裁判所に顕著な事実であり、この場合法律の専門家たる弁護士に事件処理を委任するのはやむを得ない措置であるから、これを以て原告の損失というのを妨げないが、原告主張の金員が相当であるという理由が明らかでないので一応前記一五万、従つて残りは金一〇万円を以て一応支払うべき金額と認め、これら原告の損失合計一一六万〇、五五五円に対し、原告の過失を勘案して被告が負担すべき金額はそのうちの金七五万円を以て相当と認める。

(原告の慰藉料)

以上認定の各事実及び原審並に当審における原告本人の供述によつて認められるように、原告の家族は、妻のほか三名の男の子があり、原告がこの事故で働けなくなつた後、妻は日本写真印刷株式会社えパートタイマーとして働きに出ざるを得なかつたこと、原告の職業は、身体が唯一の資本というべきセールスマンで事故とともに全く収入が途絶える境遇であつたため、家族を抱える身として感じた精神的苦痛は大きかつたものと推認される事実、しかも、前記のように原告にも過失があつたと認むべき諸般の事情を考慮し、被告が負担すべき原告に対する慰藉料は金五〇万円を以て相当と認める。

(被告の主張する示談の抗弁)

成立に争のない甲一七号証の一ないし四、(乙三号証は甲一七号証の一と同じ)及び原審における原告本人の供述によると、原告は、本件事故で入院中生活に困り、原告の妻を通じ、中井洋允又は被告と示談の交渉をなしたところ、昭和三八年一二月一三日頃被告は、訴外芝正一郎を代理人として金二五万円ないし五五万円で示談にしてくれと申込み、示談書なる書面に押印を求めたが、原告は結局これを承諾せず、示談即ち和解契約は成立に至らなかつたことが認められ、示談が成立したという趣旨の原審における被告本人の供述は措信できないので、この点に関する被告の抗弁は採用できない。

(結論)

以上説明のごとく当裁判所は、被告は、原告が本件事故により被つた損害のうち金一二五万円を支払う責任ありと認めるので、これを超える原告の請求は理由がないので、これを棄却することとする。よつて被告に、この金額及びこれに対する本件事故の翌日である昭和三八年六月七日より完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を命ずることとし、これと異る原判決を主文のごとく変更し、訴訟費用の負担等に民訴法八九条、九六条、一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

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